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6名を追加任命した上で、臨時国会では本質的な議論を。

【6名を追加任命した上で、臨時国会では本質的な議論を】
 日本学術会議が推薦した学者のうち6名が内閣により任命拒否された。この任命拒否には違法の疑いがあり、その疑いを晴らすための説明責任のハードルは相当高く、おそらく菅政権は説明責任を果たすことに失敗する。重要な臨時国会の場をこの失敗のプロセスに浪費すべきではない。
 政府に強くお勧めしたい。臨時国会前に6名を追加任命した上で、日本学術会議とその人事の在り方について研究会を立ち上げるべきだ。そうすれば国会では、この件についても本質的な議論が可能になるし、コロナと経済、米大統領選を踏まえた日本外交など重要な議論の時間もより確保できるだろう。
  
【違法の疑いがあること】
 この任命制度が制定された際の政府答弁をみると、「私どもは、実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右することは考えておりません」(手塚康夫・内閣官房総務審議官:1983年5月12日:参議院文教委員会)とある。また当時の中曽根康弘総理大臣自ら「これは、学会やらあるいは学術集団から推薦に基づいて行われるので、政府が行うのは形式的任命にすぎません」(1983年5月12日:参議院文教委員会)と述べている。私の経験則でいうと、存在するのが前者の答弁だけであれば、政府は「『制度上は任命拒否できるけど、私たちはしない』ということを当時述べているにすぎない」と強弁するかもしれない。しかし後者のとおり、中曽根総理(当時)が「政府が行うのは形式的任命」と言い切っていることからすれば、内閣には実質的判断権を持たせない法制度として誕生したと解釈せざるをえないだろう。その上で、例外的に任命を拒否する余地があるのかどうかについては、当時の議事録をさらう限り、今のところ定かではない。しかし、実質的判断権のないはずの内閣が、個別具体的に6名を任命拒否するという判断をしたという今回の行動について、違法の疑いがあることは否定できない。

【説明責任のハードルは高い】
 このように、今回、いわば内閣により初めて拒否権が発動されたと報じられている。もし、内閣がこの拒否権発動を維持するのであれば、相当厳しい説明責任が問われるだろう。私が質問に立つなら、①この人事権、とりわけ例外的拒否権の存否をめぐる政府解釈を確定させ、②例外的な拒否権を認める解釈に立つ場合、その一般的発動要件を問い、③その上で今回の6名の拒否がその要件に該当することの具体的で合理的な説明を求める。もちろん、その他にも、過去の政府答弁と現在の政府解釈が整合するのか、解釈の変更があったならその内容と手続きは適正なのかなど、論点は拡散していくだろう。

【おそらく政府は説明責任を果たすことに失敗する】
 そしてこの構図は、通常国会での検察官定年延長問題と極めて類似しているのだ。すなわち、法律を形式的に読んだだけでは違法かどうか分からないが、議事録にある過去の政府の答弁に基づけば、現在の政府の行動に違法の疑いがあり、その疑いを晴らすために相当厳しい説明責任が問われている、という場面なのである。少なくとも、検察官定年延長問題で政府は、黒川検事長を定年延長させる法的根拠と具体的妥当性を国民に対して説得的に説明することに失敗した。政権にとっても、国民生活にとってもマイナスしか残らなかった。なによりも、今年の通常国会でこの質問に立った私からすれば、限られた国会の質疑時間を使って、あまりに不用意で安易な検察官定年延長の問題点を明らかに阻止するために大幅な時間がとられたことに忸怩たる思いがある。国会は本来、内閣による無理筋の人事を阻止するためにあるのではない。従来の人事権の在り方に不備があるのであれば、改善するための法改正を建設的に議論するべき場所のはずだ。
 今回の日本学術会議をめぐる拒否権発動問題は、検察官定年延長問題と同じ轍を踏む可能性が極めて高い。

【臨時国会前に6名を追加任命するとともに研究会を立ち上げよ】
 この問題が浮上したのちの加藤勝信官房長官の発言を追っていても、「総理が日本学術会議法に基づいて任命を行った」「どなたが任命の対象外となっているかは、私どもは個人情報ということで申し上げていない」など、逃げの切り口上ばかりで、任命拒否の法的説明も実質的理由の説明も放棄している。説明責任を放棄したまま、結論は変えないという姿勢では、野党のみならず国民の理解も得られない。秋の臨時国会の貴重な時間が、またしてもこうした、内閣による法的に極めて脇の甘い無理筋の人事(拒否)案件で浪費されることは、あまりに無責任ではないか。
 説明責任が果たせないのであれば、臨時国会前に6名を追加任命してほしい。その上で、日本学術会議の役割の再設定、政府直轄という現状の適否、人事権限の再設計など、今回の件で浮上した本質的な論点を整理する研究会を設置してはどうか。そうすれば、臨時国会では、この問題についても、「任命を見直せ」「いや、見直さない」という不毛な質疑応答の代わりに建設的な議論が可能になるだろう。そして、なにより、本来この臨時国会で議論しなければならない重要なテーマ、コロナ禍をどうコントロールして国民の経済生活と文化的生活を維持していくのか、米大統領選の結果をふまえつつ日本の対中政策をどう舵取りしていくのかなど、充実した議論の時間を確保することに寄与するだろう。


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