タグ「志桜里」 の検索結果(1/1)

2012年11月16日

岡田副総理との街頭演説動画をアップしました

11月11日イトーヨーカドー尾張旭店東側ロータリーにて行った山尾しおりが岡田克也副総理とともに、街頭演説を行いました。


2011年4月27日

日韓図書協定

   日韓図書協定をめぐる質疑に立ちました

 本日の外務委員会。日韓図書協定をめぐる参考人質疑に立ちました。
 
 昨年8月10日、日韓併合条約100年の節目に菅総理の談話が発表されました。続く11月14日、この談話を受けて、日韓の外相が「日本政府が保管している朝鮮半島由来の特定の図書を韓国に引き渡すこと」を内容とする協定に署名をしています。これがいわゆる日韓図書協定です。
 昨年の臨時国会で審議に入ることができなかったこの協定の国会承認をめぐって、今国会の外務委員会で審議入りしました。
 そして、今日、3人の専門家の方を参考人として委員会にお呼びして、私は質疑に立たせて頂きました。

 決まったものは「速やかに実行」する。
 しかし、「歯止めはしっかり」かける。
 こんなスタンスで質疑に立ちました。

 今回の協定の意義は、日韓併合条約100年というタイミングで、日本が自主的に具体的な措置を講ずることにより、この措置に込められた日本の思いを受け止める韓国との間で、「未来志向の日韓関係」というスタートを実質的に切ることができれば、そのことはまさに日本の国益になる。ここに意義を見出しうると思っています。
 裏を返せば、総理談話を発表し、両国間で交渉を重ね、両外相が署名までした段階に至って、国会承認のタイミングを失すれば、かえって国益を害することにもなりかねないと危惧しています。
 そういった意味では、今日委員会で議論を尽くし、承認の採決ができたことはよかったと思います。

 ただ、今回の引き渡措置をめぐっては、「1965年の日韓基本条約を空洞化するおそれがある」として反対の立場をとる方もいらっしゃいます。自民党の議員の方の質疑もそういった立場に立脚する内容でしたし、うなずける議論が多かったと思います。
 私は、「空洞化のおそれ」は否定しません。だからこそ、「空洞化につなげないため」の努力が不可欠だと思います。
 韓・仏間で結ばれた同種の合意文書に「唯一無二の特性を持つ措置であり、ほかのいかなる状況にも援用され得ない」と書きこまれているように、これくらい踏み込んだ歯止めを協定文書に記載してもよかったのではないか、とも思います。
 少なくとも、今後とも、今回の措置は、「法的義務に基づかない自主的な特別の措置であって、前例となるものではない」ことを、国内でも海外でも繰り返し確認・発信していく必要があります。

 来月には、昨年も参加させて頂いている「日韓未来構想」という枠組みの中で、韓国の議員と釜山で再会する予定もあります。
 ぜひ、今回の措置が、「未来志向の日韓関係」構築に実質的につながっていく道筋など議論したいと思います。
20110427_1.JPG

2011年3月31日

被災地にて


  先週末の3月27日から28日にかけて、被災地に行ってきました。
  前原誠司議員、井戸まさえ議員、三村和也議員と4人、車に支援物資とガソリン、自分たちの食料と水を積みこみ、開通して間もない東北自動車道を北上しました。
  限られた時間ではありましたが、南三陸町、仙台市若林地区、女川町、石巻市と、いずれも海沿いが壊滅的打撃を受けている地区を、この目で見せて頂き、話を聞かせて頂きました。

<南三陸町>
  災害対策本部が置かれているベイサイドアリーナにて、避難生活を続けておられる方、ボランティアの方、そして町長・副町長からお話を聞かせて頂きました。
  
  「海の恵みで生きてきて、2度までも海に全てを奪われた。それでも、私たちには、豊穣の海が光であり希望だ。」
  チリ津波を乗り越えてこの土地で暮らしてきた集落の絆はつよく、その多くが海で生計を立ててきた方々です。
  たくさんの方から、海の仕事、そして海を臨んで暮らしてきた土地そのものを大切に思う気持ちが言葉となり、伝えられました。
  
  一方で、「以前の家があった場所には戻れない、怖くて戻りたくない」という声も当然で、「土地は離れたくないが以前の場所には住めない」という思いにどうこたえるか、非常に難しい問題です。
 
  とはいえ、避難所には高齢の方が多く、マスクの奥で咳を押し殺している様子も見受けられ、次のステップが見えないままの避難所生活は、それほど遠くないうちに限界を迎えるのではないかとも感じました。
   
  まずは仮の住宅の確保により時間を頂戴し、でも一定期間のうちに「復旧」ではない「復興」の青写真を描き、市町村・県・国が密接に連携をとってその青写真を実現していく必要があります。例えば、海沿いの土地を水産加工場にして、高台を住宅街にするという青写真もありうるでしょう。その青写真を描くのは、基本的に自治体の仕事であろうかと思いますが、その実現は国のリーダーシップなしに不可能です。

<仙台市若林地区>
  「仙台市荒浜の海岸に、200から300のご遺体が打ち上げられている」
  このテロップに衝撃を受けたのは、私だけではないと思います。
  実際、荒浜の防潮堤には、ペットボトルやタバコなどが一定の間隔できれいに並べられている場所がありました。一時的に横たえられたご遺体にそなえられたものかもしれず、あるいは命が消えていった海に向かってそなえられたものかもしれません。
  
  また、この地区で被災をされながら、避難所ではなく、自宅で、あるいは友人の家で生活している方々からお話をうかがうこともできました。
  お一人はご家族の命こそ無事だったものの、家は完全に流され、一家の大黒柱であるご本人は、家族とは別に、友人の家から仕事に通っているとおっしゃっていました。
  また、その友人の方は、義理のお父様を亡くされていて、「ユーチューブで、近所の方に避難を呼びかけている義父が映っている動画を見つけた。」ともおっしゃっていました。
  ご遺体の検死を続けながら、一方で、避難所の診療にあたっていらっしゃるお医者さまも、現地の状況を真摯にお話くださいました。
  住まいを亡くした方の居所の把握、孤児となった子どもたちの進学サポート、医療器具等のニーズに対する早期供給・・・頂いた課題は多いですが、「受けとめる」にとどまらない「解決」が求められています。

<女川町>
  福島第一原発と同様に海沿いで津波に遭いながら、女川原発は、その施設内に避難所を開設しています。
 「原発反対」の看板もある集落で、「原発」の中の避難所が、その集落の今の命とくらしを支えているという現状があります。
 この発電所を視察させて頂くと同時に、所内の避難所で皆さんのお話もうかがってきました。
 また、女川町の災害対策本部にて、女川町長からもお話をうかがうことができました。
 福島原発の問題も未だ現在進行形の状況ですが、「福島」と「女川」の分岐点は何だったのか、「女川」が「福島」同様の経過をたどるリスクはなかったのかを検証することは、今後のエネルギー政策にとって必須の作業の一つであると感じました。

<石巻市内>
 石巻市内の海沿いでは、製紙工場を含む大規模工場が、連なって壊滅的な被害を受けていました。
 もちろん、その周囲の中小零細企業も同様であり、現実問題として、相当の数の雇用が失われる、あるいは既に失われたことは明らかです。
 それでも、仕事なしに生活の再建は不可能です。
 仮設住宅建設など災害復旧工事には、被災者を優先的に雇用する政策を、早急に前に進める必要があります。

 今回の震災でつきつけられた課題は、膨大かつ多様です。
 がれきの荒野を前にすると、一瞬、その課題の重さにたじろぎます。
 でも、思い出すのは、私自身が候補者のとき、道で出会った小学生に、「政治家って何の仕事?」と聞かれ、瞬間的に「命をまもる仕事だよ」と答えたことです。
 今まさに、政治家が、命をまもる政策を実行することで政治の仕事を全うすることが求められていることを、痛いほどに実感します。

2011年1月 6日

息子誕生

 2011年1月5日14時10分、3132gの男の子を出産しました。

 1月4日深夜2時の破水から始まって、約36時間の、私にとっては長い旅でした。

 出産に向かう車内では、「よし、息子くんを無事この世界に連れてくるぞ!」と意気軒昂だったワタシ。

 でも、実際は、ゴールの見えない陣痛に朦朧としながら、私自身が息子くんに引っ張ってもらってこの世界に一緒に戻ってきたという方がしっくりきます。

 足の間から聞こえた初めての泣き声、その次の瞬間、胸の上に現れた赤紫のちっちゃな体。授けていただいた幸運と、ここに至るまでにたくさんの方に頂いた暖かい気持ちに、心から感謝します。

 本当にありがとうございました。

 そして、これからも親子共々よろしくお願いします。


20110105.JPG

2010年12月10日

地元の方々と

 この5日間、地元でたくさんの方とお話しできました。

 一人ひとりとの出会いや会話が盛りだくさんですが、写真でご紹介します。

 

●「青年海外協力隊を育てる会」会長と、率直かつ前向きな意見交換ができました。

20101210_1.JPG

●瀬戸市水野の「そばまつり」にて、増岡市長と長江県議とともに。

20101210_2.jpg

●予算編成で忙しい中、大府市久野市長に時間を頂いてパチリ。

20101210_4.jpg

●尾張旭市の谷口市長とは、旭の人気者「あさピー」と一緒に。

20101210_3.jpg