2008年03月21日
衆議院解散の時期
今日の新聞に、衆議院解散・総選挙に関する、自民党議員のこんな談話が載っていました。
「こんなに内閣と自民党の支持率が低いときに選挙をすれば、当選する可能性は非常に低い。それはぜひ避けてほしいと多くの議員が思っている。」
私は、この談話が活字になっていることにびっくりしてしまい、2回3回読み返しました。
やはりこのとおり書いてありました。
衆議院解散の時期って、特定の党の議員の議席を守れるかどうか、こんなことで決めていいんですか?
「党の議席にとっての損得が、解散時期の判断基準になる」これを当然とするようなコメントが、当たり前に流されるのっておかしくないですか?
衆議院解散の時期って、「今、もう1度国民の意見を聞き直す必要があるかどうか」で決められるべきじゃないんですか?
衆議院は、常に、前回の衆議院選挙のときの国民の意見を反映して構成されています。
そして、前回の衆議院選挙から時がたつと、当然、国民の意見というのも多かれ少なかれ変化していきます。
その変化の度合いが大きい場合には、衆議院の構成と国民の意見との食い違いをなおすため、解散総選挙によって、今の国民の意見をきちんと衆議院の構成に反映させることが必要になります。
同じく、前回の衆議院選挙から時がたつと、その選挙のときは問題にならなかった、新しく大事な争点が出てくることもあります。
そうした場合には、その新しい争点に対する各政党や各国会議員・候補者の意見を明らかにした上で、解散総選挙によって国民の意見を問い直し、新しい争点を前提とした国民の意見をきちんと衆議院の構成に反映させることが必要になります。
衆議院の解散は、前回の選挙で明らかになった国民の意見を一旦白紙に戻すような行為です。
だからこそ、衆議院の解散というのは、
「もう1度、国民の意見を聞き直す必要があるかどうか」
この観点から決せられるべきだと、私は思います。
それなのに、「いつ解散すれば、特定の党の議員の議席を守れるか」
もっといえば、「いつ解散すれば、自分の党にとって得か」
衆議院解散の時期が、この観点で、当たり前のように語られるのは、
前回の衆議院選挙のとき、自分なりに考えて1票を投じた一国民として、馬鹿にされたような気がします。
「現実の政治の世界はそんな甘いもんじゃない」
そういう感想を持たれる方もみえるかもしれません。
でも、
「原理原則にのっとって、真摯に政治活動を続け、それでも落選して無職になりうる」
その厳しさこそが国会議員の世界、そして国会議員を目指す者の世界だと、私は思います。
みなさん、どうお考えでしょうか?
ちなみに、「こんなに自民党の支持率が低い」のに、衆議院は自民党が多数を占める構成になっている今の状況。
私は、衆議院の構成と国民の意見との食い違いをなおすため、「もう1度国民の意見を聞き直す必要がある」状況だと思っていますが、この点についても、みなさんのご意見、お聞かせください。

